目次(もくじ)
はじめに
「うちの会社は、残業代がみなしだから、これ以上でないよ!」「みなし残業だから一杯残業しても意味ない!」などという話をよく耳にします。
このように、毎月定額で残業代が支払われている会社がありますが、そもそもこのようなみなし残業の制度は違法ではないのでしょうか。
今回は、みなし残業について詳しくご説明します。
みなし残業とは
みなし残業とは、一定時間残業をしたものとみなし、定額の残業代を毎月支払うという制度です。みなし残業という呼び方のほかにも、固定残業代、定額残業代、という呼び方をされることもありますが、毎月一律で残業代が支払われるという意味では同じものです。
みなし残業の制度は、会社に多くのメリットがあることから、近年多くの会社が導入しています。
みなし残業代を会社側が導入したい4つの理由
①残業代計算の手間を省略できる!
本来であれば、会社は、従業員の残業に対して、1人づつ残業代を毎月計算しなければなりません。従業員が少ない会社は、それほど苦労がありませんが、多くの従業員が在籍している会社であれば、残業代計算の作業量は膨大になります。
しかし、従業員の残業が毎月一定している場合は、残業代のおおよその金額を予想できますので、その予想した金額を毎月支払っておけば、残業代の計算という作業を行わなくて済みます。
確かに、毎月みなし残業代を支払うことによって、実際は残業していないにもかかわらず、残業代を支払わなければならないという事態になることもありますが、残業代の計算をせずに済むというメリットの方が大きい場合もあります。
②仕事の効率化を促進できる!
みなし残業代が支払われているということは、毎月決まった時間数は残業したとしても、追加で残業代が支払われないということを意味します。
そのため、ダラダラと生活残業をする従業員が減ることになります。また、決まった時間数は残業をしても残業代が支払われないことから、効率的に仕事をして早く帰宅しようと考える従業員も増えます。
③一見給料が高く見える!
本来であれば、実際に行った残業に対して、毎月残業代が支払われることになります。
そのため、従業員の募集をする際には、残業代がいくらなのか示すことはできません。
しかし、みなし残業代を導入している会社は、決まった金額を支給するので、従業員の募集の際に、例えば、給料30万円(基本給25万円、みなし残業5万円)として、金額を示すことができます。
従業員の募集情報を見た方は、一見すると給料が高く見えますので、採用申込をする意欲が沸きます。
④残業代の時給単価を低くできる!
例えば、基本給25万円、みなし残業代が5万円の会社で、残業をした場合、時給計算の基礎となるのは、基本給のみとなります。
つまり、基本給25万円÷174時間=1436円/時給になります。
他方、みなし残業代を導入せず、基本給30万円としている会社で、残業をした場合、時給計算の基礎となるのは、基本給30万円となります。
つまり、基本給30万円÷174時間=1724円/時給になります。
従業員としては、同じ金額の給料を受け取っていることになりますが、みなし残業代の制度を導入している会社で、残業した場合、時給単価が低くなります。
残業代の時給単価の計算について、詳しくは「私の時給単価っていくら?~残業代計算における基礎賃金の考え方~」をご覧ください。
みなし残業代に関して知っておきたい3つのポイント
①みなし残業代に含まれる残業時間が満たない場合、会社に残業代を返すのか?
20時間分の残業代として2万円のみなし残業代が支払われている会社で、10時間しか残業しなかった場合、実際にした残業よりも多くの残業代を受け取っていることになります。
このような場合、多く貰い過ぎた残業代を会社に返さなければならないのでしょうか。
先ほど説明したとおり、みなし残業は会社のとって多くのメリットがあります。そして、その多くのメリットを受ける代わりに、実際の残業に比べ多く払い過ぎた場合でも、みなし残業の制度に伴うリスクとして、会社は残業代の返還を請求できないことになっています。
したがって、みなし残業代に満たない残業しかしていなくても、残業代を会社に返す必要はありません。
②みなし残業代に含まれる残業時間が満たない場合、翌月の残業代として持ち越されるのか?
みなし残業代に含まれる残業時間に満たない場合でも、残業代を会社に返さなくてもよいことは、先ほどご説明したとおりです。では、返さなくてもよいとして、翌月以降の残業代の支払に持ち越されるのでしょうか。
この点について、裁判で争われた事案が多くありますが、裁判所の判断は分かれています。
整理すると、就業規則で「実際の残業に応じた残業代の計算金額とみなし残業代の間で差額が発生した場合、超過分について会社はこれを次月以降に繰り越すことができるものとする。」等という定めがなければ、会社は、翌月以降の残業代に持ち越されることはありません。
また、仮に、就業規則で定めがあったとしても、無限定に翌月以降に持ち越されるというわけではなく、一定の期間に持ち越しが限定されるようです。
③みなし残業代の想定する残業時間を超えて残業をした場合、追加で残業代を請求できるか?
他方、みなし残業として、想定されている残業を超えた場合、会社は追加で残業代を支払わなければならないのでしょうか。例えば、20時間分の残業代として2万円のみなし残業代が支払われている会社で、30時間残業をした場合です。
あくまで会社は、残業代の計算の手間を省くために、一定の残業を予想して残業代を定額で支払っているだけです。このような、会社の都合によって、残業した場合は残業代を支払わなければならないと定めた法律を無視できるはずはありません。
したがって、会社は、みなし残業として想定されている残業時間を超えて、残業をした従業員に対しては、法律に定めるところにより、残業代を支払わなければなりません。
みなし残業代の制度は、違法ではないのか?
みなし残業代の制度は多くの会社が導入しており、みなし残業代の制度それ自体は違法ではありません。会社にも従業員にもメリットがある制度だからです。
しかし、みなし残業代の制度を導入するに際して、従業員に説明なく一方的に給料の内訳を変更してみなし残業代の制度を導入している会社があります。また、みなし残業代の制度を導入していることを口実に残業代の支払いは一律であり、超過分を支払わないとしている会社もあります。
このような会社の場合には、みなし残業代の制度は違法であり、無効と判断される場合があります。
よくある違法無効なみなし残業代の制度について、ご紹介します。
ケース①(入社後、給料の内訳が勝手に変更された場合)
梅田三郎さんは、基本給30万円を支給されていましたが、ある日、給与明細を見ると、基本給25万円、みなし残業代5万円となっていました。梅田三郎さんは、社長に対して説明を求めたところ、社長から「給料の総額は変わっておらず、特に意味はないから気にせんといて!」との説明を受けました。
しかし、梅田三郎さんが退職後、残業代を請求したところ、社長は「みなし残業代として残業代を支払っていたのだから、未払いはない」と反論してきました。このような社長の反論は違法ではないのでしょうか。
梅田太郎さんと会社との間では雇用契約が成立しており、その内容として基本給30万円を支給することが契約内容になっていたはずです。そうすると、社長は契約内容を一方的に変更し、基本給と減額したことになります。
このような契約内容を一方的に変更することは許されず無効になります。
したがって、梅田三郎さんは、みなし残業代の導入を承諾するという同意書を記載した場合を除き、社長の反論は通りません。
ケース②(入社後、就業規則が改定されみなし残業代を導入するとされた場合)
大阪彩矢さんは、勤続5年目に、朝礼でみなし残業代を導入することにしたこと、これまで支給されていた精勤手当をみなし残業代とすることを就業規則を変更して明記したと説明されました。
大阪彩矢さんは、就業規則にみなし残業代が記載されていることから、会社に逆らえないのではないかと思いましたが、突然の説明でしたので、納得できませんでした。
このように就業規則を変更してみなし残業代を導入することとされた場合、違法となる余地はないのでしょうか。
就業規則を正式に変更したからといって、みなし残業代が必ずしも有効になるわけではありません。就業規則の変更が、従業員にとって不利益になる場合、法律は一定の制限を設けています。
「使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。」
したがって、精勤手当をみなし残業代に変更することが不合理であれば、みなし残業代の制度は違法無効になります。
詳しくは、「固定残業代と就業規則の不利益変更」をご覧ください。
ケース③(入社当初からみなし残業代があった場合など)
難波英子さんは、転職活動をして、新しい会社の採用面接を受けましたが、採用面接の際に、「うちは、みなし残業だから、残業代は一切出ません。」と説明されました。なかなか転職先が見つからなかった難波英子さんは、おかしいなと思いながらも、承諾するしかなく、入社することにしました。
しかし、入社後も、基本給25万円のみで、具体的にみなし残業代がいくら支払われているのか、何時間の残業分が支払われているのか説明はありません。
難波英子は退職した後に、インターネットで残業代の請求を検索したところ、みなし残業が違法という可能性があることを知り、残業代の請求をすることにしました。
すると、会社からは「基本給に10万円の残業代が含まれている。採用面接でも説明した。」との反論がありました。
このような会社の反論は通るでしょうか。
入社当初から導入されていた場合や就業規則で明確に定められている場合でも、みなし残業代の制度が無効になることがあります。
入社当初から導入されていた場合や同意した場合等でも、みなし残業代が無効になることがあるのです。
複数の裁判例を整理すると、みなし残業の制度が有効と判断されるためには、
①明確区分性
②実質的対価性
③超過支払の合意又は運用
が必要とされています。
①明確区分性とは
仮に、基本給に残業代の支払が含まれているとしても、その残業代がいくらであるか、何時間分であるか等明確に示されていることが必要です。
②実質的対価性
「精勤手当」が、みなし残業代であると会社が主張した場合でも、その精勤手当が、従業員の年齢や勤続年数、業績等により複数変動しており、残業時間などに全く関りがない場合には、残業代の支払の実質がないと判断されることになります。
③超過支払の合意又は運用
一律の残業代を支払っており、いくら残業をしても一切残業代を支給しないとしている会社は、みなし残業制度を悪用して、従業員に誤解を与えていることになります。
このような場合は、みなし残業代の制度が違法無効になります。
みなし残業が無効になるとどうなるの?
みなし残業代の支払が違法、無効となった場合は、残業代の計算にどのような影響を与えるのでしょうか。
みなし残業=違法無効
となると、次のとおり、みなし残業代として支払われていた給料が処理されることになります。
①みなし残業代として支払われていた分が残業代の支払いとみなされない。
②みなし残業代としての手当が基本給と同じ扱いになり、残業代計算の時給算定の基礎となる。
例えば、基本給20万円、みなし残業手当5万円、残業時間50時間の方であれば、
【みなし残業が適法】
時給単価 20万円÷174時間=1149円
割増賃金 1149円×125%=1436円
残業代 1436円×50時間=7万1800円
未払残業代 7万1800円-5万円=2万1800円
【みなし残業が違法】
時給単価 25万円÷174時間=1436円
割増賃金 1149円×125%=1795円
残業代 1795円×50時間=8万9750円
未払残業代 8万9750円-0円=8万9750円
となります。
残業代の計算方法について、詳しくは「弁護士に頼まず自分で残業代を請求する方法」をご覧ください。
時給単価の計算について、詳しくは「私の時給単価っていくら?~残業代請求における基礎賃金」をご覧ください。
最後に
これまでご説明したとおり、みなし残業代が導入されている会社でも、必ずしも有効な残業代の支払になるわけではありません。もし、会社が違法な取り扱いをしているのであれば、みなし残業代の支払は無効になり、未払い残業代の額が大きく膨れ上がることがあります。
大阪バディ法律事務所では、みなし残業の制度が違法無効であることを主張し、交渉にて会社に無効を認めさせた実績があります。
みなし残業代の有効性について疑問がある方、残業代請求をお考えの方は、お気軽に当事務所の弁護士までご相談(無料)下さい。